第4試合:内藤哲也というレスラーがいる

定期的に新日本プロレスを追えるようになったのは、オレが新日本ワールドの会員になった頃からだから、2015年からになる。

2014年から現在までリアルタイムで新日本プロレスを追っているわけだが、ワールド会員になる前からプロレスには興味はあった。nWo時代は蝶野のファンだったし、総合格闘技時代は中邑が好きだった。一応、nWo時代からプロレスファンだったのが、リアルタイムで試合を追うことはなかった。リアルタイム中継なんて橋本vs小川戦のテレビ中継位だし、テレ朝も深夜放送だし……。

まあ、こういうことは話の本題とは違うからこの辺で終わらせよう。ともかく、2015年からリアルタイムで新日本を追えるようになったニワカファンなわけだ。

内藤哲也を初めて見た時のことを覚えていない。2015年の新日本はAJスタイルズがいて、オカダカズチカがいて、棚橋弘至がいて、中邑真輔がいた。この四人が中心で、さらにスター性のある飯伏幸太もいた。内藤は二番手グループだった。強いて印象を言えば、冴えない二番手グループのレスラーというのが精々のトコロだ。

AJ/オカダ/棚橋/中邑。この四人に割り込むのは容易いことじゃない。中邑でさえIWGP戦線から外される位の層の厚さの中で、地味で陰気なベビーの内藤哲也は埋もれていった。ブーイング喰らったり、膝のケガがあったり、ドームでセミに回されたり、色々あった。2015年の内藤哲也は関西弁で言うトコロのインケツ状態、なにをやってもダメな状態だった。

ただ、内藤哲也には野心だけはあった。『オマエが言うな!』とファンにブーイング喰らい倒したが、それでも内藤哲也IWGPこだわり続けていた。オレは特に内藤哲也のファンでもなかったので、『へぇー、そうなんだ』としか思わなかった。オレは内藤にブーイングもしなかった。内藤に関心もなかったのだ。

2015年の後半になると、ファンにフラストレーションが貯まっていた。オレもそうだ。IWGPはリマッチばかり、インターコンチは中邑で、ネバーは真壁と石井だ。代り映えしない。しかし、これも今から考えたらなんだが、IWGPチャンプに値するレスラーがAJ、オカダ、棚橋以外にいるか?と考えると、いないという結論しか出てこない。トップレスラーの頭数が少ないのは仕方ない、頭数が少ないからトップレスラーともいえる。それでも、2015年は新日本の最盛期かもしれない、頭数が少ないとはいえ、AJ/オカダ/棚橋/中邑が揃っているのは奇跡だった

内藤哲也は焦っていた。このままだとレスラーとして終わると思ったんだろう。内藤には特筆するモノがなかった。オカダには若さと勢い、中邑にはカリスマ性、棚橋にはスター性、AJにはずば抜けたプロレスセンスがあった。内藤はすべての面で今一歩足りないレスラーだった。

2ちゃん界隈では半分揶揄として内藤はヒールになった方がいいとヒール転向を進めるレスもあった。内藤は人をイラつかせる天才だからというのが理由だ。こんな簡単な理屈でヒールになれるんだったら、苦労はしないよと思いつつ、ヒール転向もおもしろいなと思った。それは実現した。メキシコ遠征から帰ってきた内藤哲也はロスインゴベルナブレスの内藤哲也になった。

ビックリした。リアルタイムで初めて見た『転向』だった。レスラーが『一皮剥ける』瞬間を目撃する、初めての経験だった。

ロスインゴはテクニコでもルードでもない『制御不能』のユニットだった。オレはベビーに未練を残している内藤哲也をバカにしたりもした。でも、時間が経つに連れ、オレはロスインゴの内藤にハマっていく。そして一番好きなレスラーが内藤哲也になった。

内藤おもしろいんじゃないか?と思ったのは、『G1クライマックス25 Aブロック公式戦 棚橋弘至vs内藤哲也』からだと思う。内藤哲也ドン・キホーテで売ってるシルバーの安っぽいドクロマスクで登場した。相変わらず陰気な雰囲気を纏った内藤哲也はベビーとしては致命的なマイナスだったが、ロスインゴという名の制御不能ユニットにはピッタリだった。

試合もおもしかった。ムーブのほとんどはベビー時代と変わらなかったんだが、新しい息吹みたいみたいなのを感じることができた。フィニッシュは『ディスティーノ』に変更になっていた(今見ると全然綺麗には決まってないのだが……)そんなトコロを含めて、とにかく内藤哲也というレスラーが今までとはまるで違うレスラーになったことだけはわかった(ちなみにディスティーノかっけええ!と思ったのは同じくG1の内藤vs矢野戦でしたね)

その後も内藤哲也は話題を提供し続けた。パレハの登場だったり、会社に嚙み付いてみたり……。そして、レスラーに必須の決め言葉と会場での絞めも出来ていった。『トランキーロ』と『デ・ハ・ポン』である。

オレは初めての経験に興奮していった。新しいユニットが出来て、それがひとつひとつカタチになっていくのを見つめることができた。内藤哲也がやったことは、なんてことはない棚橋弘至がやってきたことだ。丁寧に何度も繰り返す、内藤はそうすることで、自ら結成したユニットのコンセプトをファンに覚え込ませることに成功した。ワールドがあったのも、内藤哲也には幸運だったかもしれない。ワールドを見ているファンの間にも、すぐさまロスインゴのコンセプトが浸透していった。

ロスインゴ化する前、オレは内藤哲也の試合に特に興味もなかった。しかし、内藤に興味を持つようになったオレはそれから内藤哲也の試合をジックリ見るようになった。

試合おもしろかったです、ハイ。飯伏幸太みたいな派手な飛び技とかオカダみたいな身体能力の高さもいいんですが、命削って技を受けるというプロレス美学に惚れてしまい、オレはますます内藤哲也とロスインゴというユニットが好きになっていった。

ロスインゴが浸透していく過程の中、新日本に色々あった。特に大きな事件といえば、中邑とAJの離脱だろう。新日本は大打撃だったが、その大打撃がロスインゴには追い風になるんだから、世の中わからない。

2016年になり、中邑とAJの後継者として内藤哲也とケニーオメガのプッシュが始まる。新時代の到来である。2015年の方がレスラーの頭数と質も高かったのだが、閉塞感があったのも事実だ。マンネリといってもいい。そのマンネリズムは簡単に消え去った。中邑&AJがいなくなり、外国人レスラーの要だったアンダーソンがいなくなり、華やかなスター性を持った飯伏が消えた。新しい風が欲しい、内藤哲也が選ばれた。

2016年、ジャパンカップがあって、両国の世にも不思議なIWGP戦があって、大阪城ホールがあって、いまがある。

 

以前の内藤哲也には華があった。しかし、内藤哲也の華はトップレスラーになるには余りに小さく華奢で弱々しかった。内藤哲也は自らの野心のためにある決断を下した。自分の小さな華を大きくする代わりに、自分の小さな華に毒を含ませた。内藤は『大輪の華』になる代わりに『小さな毒の華』になることを選択した。

大輪の華は人を魅了させる、明るく輝く太陽のように人の心を躍らせる。毒の華は人を魅惑する、真夜中に輝く青白い満月のように人の心へ言い知れぬ高まりをもたらす。オレもまた青白い満月に魅惑されたひとりだ。