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第47試合:わからなければ、それでいい。だが、言わせてほしい!終わったなら、また始めればいいだけだろ?

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こんばんは、トランキーロ!です。

 

相変わらず、新日本の話題です。最近、ブイブイいわせてるプロレスブログがあるんです、どことはいいませんがね。

ビジネス的観点ですか……新日本の株式上場ですか……、グロバール化による新規顧客獲得ですか……。

全然OK!人様のブログがなにを語ろうが、知ったこっちゃありません。思う存分、数字で新日本プロレスを語ってください。

 

僕はこういったブログを冷めきった視線で眺めております。なぜか?こういった類のファンはイザって時に逃げる類のファンだから。

僕のブログに読者がいるかなんて知りませんがね、僕は僕なりに提示してきたつもりなんです。

ダメな新日本プロレスをいかに愛するか?

ダメな試合の楽しみ方、ダメなレスラーの愛し方を提示してきたつもりです。わかんなきゃ、わからなくていいんですが。

 

ええ、昨今ですね、新日本プロレスがダメになることを恐れている人が増えている気がするんですね。わかります、ダメになることへの恐れ、全くもってわかります。でもね、ひとつ言っときます。

 

ダメになったら、また良くすればいいだけだろ?

 

棚橋弘至がなぜ偉大なのか?ダメな新日本から逃げなかったからでしょ?ダメになった新日本プロレスの看板しょって苦難を乗り越えたから、彼は新日本プロレスのエースなんです。

ええ、これからたくさんの苦難がやってくるでしょう。新日本プロレスって終わったよねと笑う人も出てくるでしょう。終わった新日本プロレスがいずれやってくるかもしれません。

 

終わったら、また始めたらいい。

 

来るもの拒まず、去る者追わず、我々は常にここにいる。ダメになったら去る人も多いでしょう、別段かまいません。楽しいコンテンツを求める人は蜜を探すミツバチがごとく、花から花へと移っていくモノです。それは否定すべきものではありません。

そういった人たちは今度は格闘技を数字で語るんじゃないですか?別にそれはそれでいいです。かまいやしません。 

 内藤選手が棚橋選手の胸に拳を当て、そして一礼したとき、歴史的瞬間を目撃してしまったような高揚感で、おぉぉぉぉぉ!となりました。

 僕の記事に頂戴したコメントを引用させていただきます。いいですよね、この感性。ファンが歴史を共有してる感覚、歴史の一部であるという自覚、歴史を積み重ねていくことの営為を見つめる感性ってずごく愛おしい。

別にこれは新日本プロレスに限りませんよ、Jリーグのサポなんかもそうかもしれません。

ダメな時はダメな時でいいし、いい時はいい時でよし!いちいち、ビビるな!WWEに胸倉掴まれただけでチビってんじゃねーよ!ツバでも吐き返してやんな! 

 

 ファンはファンに出来るコトをしてればいいんです。会場に行けるとき行って、出来なきゃワールド見て、グッズ買えばいいんです。いやね、数字で語るファンもいいんですよ?否定はしていないってことは言っときます。

 

ファンを名乗るならさ、先にすべきことあんじゃね?

 

これだけですよ。会場行って、白塗り殿の絶望感を味わえよ。クシダvsブシ戦を試合会場で眺めながら、これがクシダの言うジュニアの明るい未来なのかよ……と嘆息してみなよ……。

 

コンテンツってのはいずれダメになる時が来るんだよ。そのとき、試されるんですよ、オマエはココにいるの?それとも、別のトコ行くの?ってね。

去る者を否定しない、来る者も拒絶しない。

人生もコンテンツも同じ、ダメな時もあればいい時もある。重要なのはいい時も悪い時も歩みを止めないコトだけ。終わったら、また始めればいいだけさ。

 

この記事は釘刺すつもりで書いときます。わかんない奴はわからなくていいです。

でもよ、なんか信用できないんだよなあ、数字だけで語る奴って……、たかだか、ケニーオメガの去就でそこまでビビりますか……。棚橋弘至とか内藤哲也なら、わからんでもないけどさあ。

喧嘩売ってるつもりはねえけど、ダメになったら逃げますって意思表示みたいだよね。ま、わかる人だけわかってね。